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東京地方裁判所 昭和60年(行ウ)215号 判決

原告

長一太郎

右訴訟代理人弁護士

小沼洸一郎

被告

東京通商産業局長

小川邦夫

右指定代理人

高須要子

外五名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が昭和六〇年四月五日付けでした原告の五一東通出採第一二九号の鉱業出願に対する却下処分を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  処分の存在

被告は、昭和六〇年四月五日付けで、原告の五一東通出採第一二九号の鉱業出願(採掘権の設定の出願。以下「本件出願」という。)に対し、却下処分(以下「本件処分」という。)をした。

2  不服の範囲

(一) 本件処分の理由は、本件出願につき、被告が同年二月七日付けで原告に対し、鉱業法(以下単に「法」という。)二六条に基づき設備設計書を同年三月九日までに提出すべき旨の命令をしたのに拘わらず、原告がその定める期限までに設備設計書を提出しなかつたことを理由として、法一八四条二号に基づきされたものである。

(二) しかし、右命令が原告に到達してその効力を生じていることが前提になつている点に不服がある。

3  不服申立ての前置

原告は、本件処分があつたことを同年四月八日に知り、本件処分につき同年六月七日付けで通商産業大臣に対し審査請求をしたが、同年一二月一〇日付けで右審査請求を棄却する旨の裁決があり、同月一四日、右裁決書謄本の送達を受けた。

4  よつて、本件処分の取消しを求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因1の事実は認める。同2のうち(一)の事実は認め、(二)は争う。同3の事実は認める。同4は争う。

三  被告の主張

1  被告は、昭和六〇年二月七日、本件出願について、法二六条に基づき同年三月九日までに設備設計書を提出することを原告に命ずる旨の命令が記載された通知書(以下「本件命令書」という。)を簡易書留郵便(同年二月七日東京大手町一郵便局簡易書留郵便引受番号六八八号)をもつて原告肩書住所地(以下「原告方」という。)にあて発送した。

2  本件命令書は、同年二月九日原告方を管轄する赤見郵便局の配達員により原告方に配達され、原告の妹安田しく(以下「訴外安田」という。)がこれを受領した。

3(一)  原告は、原告方で訴外木村トク(以下「訴外トク」という。)と二人で居住していたが、本件命令書が原告方へ配達された同年二月当時、訴外トクが風邪で寝込んでいたため、同人の依頼を受けて近所に居住していた同人の娘で原告の妹の訴外安田が朝から夕方まで原告方において留守番、家事手伝い、訴外トクの世話等をしていた。

(二)  被告は、同年二月、原告方に簡易書留郵便で、本件命令書のほか、同月一四日別件の設備設計書の提出命令書(同日東京大手町一郵便局簡易書留郵便引受番号三六三号)及び同月二〇日別件の採掘権登録済通知文書(同日同郵便局簡易書留郵便引受番号三八二号)を発送したが、いずれも訴外安田がこれを受領した。

(三)  訴外安田は、右各書留郵便が配達された時、訴外トクから原告宅のこたつの上に印鑑がある旨告げられ、その印鑑を使用して右各書留郵便を受領した。

(四)  訴外安田は、本件命令書等の書留郵便を右こたつの上に置いておいた。そして、原告と訴外安田との間では、こたつの上を郵便物の置場所とする暗黙の合意があつた。

4  ところで、法二六条所定の提出命令のような意思表示が効力を生ずる時期は、民法に定める意思表示の一般的法理に従い、その意思表示が相手方に到達した時と解すべきである。そして、右到達とは、当該意思表示が社会通念上相手方において了知できる客観的状態にあることをいい、相手方が当該意思表示の内容を現実に了知したことを必要とせず、その内容を了知し得る状態に置かれたことをもつて足りるというべきである。

なお、原告は、行政上の意思表示の通知又は送達について民訴法を準用又は類推適用すべきであると主張するが、行政上の意思表示の通知等について、一般的かつ統一的な定めがされていないところ、特許法一八九ないし一九二条のように民訴法の規定の一部を準用する旨の規定がある場合にのみこれを準用すべきであつて、このような規定がない場合にまで民訴法を準用又は類推適用すべきではない。そして、法二六条所定の設備設計書の提出を命ずる行政庁の意思表示の通知等については、法は民訴法の規定を準用する旨の定めを設けておらず、また、一般的にも、法には民訴法の規定を準用する旨の規定が全く存しないのであるから、右意思表示の通知等について民訴法の規定を準用又は類推適用することはできないというべきである。

そして、右3の事実によれば、本件命令書は、同年二月九日原告において了知できる状態に置かれたものというべきである。

5  そうすると、請求原因2(一)のとおりの理由でされた本件処分は、適法である。

四  被告の主張に対する認否及び原告の反論

1  認否

被告の主張1の事実は不知。同2の事実は認める。同3のうち、(一)、(二)の事実は認め、(三)については、訴外安田が本件命令書を受領する際、原告方で普段使用している印鑑を郵便配達員に交付し、同配達員がそれで受領印を押印したことは認めるが、その余は争い、(四)は争う。同4、5は争う。

2  原告の反論

(一) 行政上の意思表示の通知又は送達は、その有無が国民の権利の得喪に重大な影響を与えるものであるから(本件の場合、原告は鉱業権を失う不利益を受ける。)、厳格な手続きによるべきであり、民訴法の送達に関する規定が一般的に準用又は類推適用されるべきである。

とくに、本件命令書の場合のようにその通知等が書留郵便によつてされているときは、そのこと自体既に民訴法一六二条の規定を準用しているものと解されるから、送達実施の方法についても、民訴法の規定(一六四条、一七一条等)に準じてされるべきで、それによらない通知等は効力を生じないものと解すべきである。

被告が、本件命令書が配達されたと主張する昭和六〇年三月九日当時、原告は、保証していた会社が倒産したため、その事後処理に追われ、しばしば東京に赴き、自宅を留守にしがちであつた。訴外安田は、当時原告と同居していた訴外トクが病気で寝込んでいたため、同人の世話をするため、たまたま原告方へ手伝いに来ていたに過ぎないのであつて、原告の同居者ではない。そして、訴外安田は、原告方で受領した本件命令書を、原告にそれが配達されたことも告げずに、そのまま原告方のどこかに仕舞いこむか、あるいは紛失してしまつた(本件命令書は、現在まで発見されていない。)。そのため、原告は、本件命令書が原告方へ配達されたことを全く知らなかつた。

右によると、本件命令書は、原告本人に交付されていないことはもとより、原告の同居者にも交付されておらず、たまたま原告のところに手伝いに来ていたに過ぎない者に渡されただけであるから、民訴法の送達の実施の方法に関する規定に鑑みると、原告に適法に通知等がされたものということはできない。そして、原告は、本件命令書の内容を現実に了知してもいないから、本件命令書は、原告に対し効力を生じていないというべきである。

(二) 仮に、法二六条に規定する提出命令が効力を生ずるのは、民法に定める到達主義の一般原則に従い、名宛人が通常これを了知し得べき客観的状態に置けば足り、必ずしも名宛人が現実にこれを受領、了知する必要はなく、いわゆる名宛人の勢力圏に入つたと客観的に認められる場合であれば足りるとの見解によるとしても、本件においては、訴外安田はたまたま原告方へ手伝いに来ていた者に過ぎず、到底原告の同居者とはいえず、本件命令書による命令の受領権限はない。しかも、訴外安田は、本件命令書を受け取りながら、これを原告に告げず、かつ、交付することもなく、どこかに仕舞いこんでしまつたか、紛失してしまつたものであるから、本件命令書が、原告の勢力圏に入つたものということはできない。

第三  証拠〈省略〉

理由

一請求原因1(本件処分の存在)、2(一)(本件処分の理由)、3(不服申立ての前置)の各事実は当事者間に争いがない。

二そこで、被告の主張について判断する。

1  〈証拠〉によれば、被告の主張1の事実(本件命令書の発送)が認められ、これを左右するに足る証拠はない。

2  被告の主張2(本件命令書の原告方への配達及び訴外安田による受領)、3(一)(訴外安田が原告方に来ていた状況等)、(二)(原告方への他の書留郵便の配達及び訴外安田による受領)の各事実は当事者間に争いがない。

3  〈証拠〉によれば、次の事実が認められ、これを左右するに足る証拠はない。

(一)  訴外安田は、昭和六〇年当時原告方から約二〇〇メートルのところにある自宅で夫及び子供の三人で生活している五二歳の主婦であつたが、原告方の居宅で生まれ、婚姻までそこで育つた。

(二)  同年二月の訴外トクの風邪は、翌三月にかけて、良くなつたり、悪くなつたりする状態にあり、訴外安田は、その間訴外トクの状態が悪く同人が寝込んでいる時に断続して延べ計二週間程朝から夕方まで訴外トクの家事手伝い等をするため原告方に来ていた。

(三)  原告は、当時自己の経営する訴外佐野重機株式会社において通常の勤務にあたるほか、自己の保証債務に係る主債務者たる会社の倒産の事後処理等に奔走していて、朝は比較的早く家を出て夜はかなり遅く帰宅し、時々外泊することもあつた。そのため、原告は日中のみ原告方に来ていた訴外安田と顔を合わせる機会がなかつたが、訴外安田が原告方において留守番、家事手伝い、訴外トクの世話等をしていることは、訴外トクから聞くなどして充分に知つていた。

(四)  訴外安田は、本件命令書及び被告の主張3(二)の二通の文書在中の各書留郵便を受領する際、原告方のこたつの机の上に置かれていた、原告方で日常使用している認め印を持ち出し、これを郵便配達員に渡し、同配達員をして右各書留郵便の受領印を押捺させた。

(五)  原告方では、新聞、郵便物等をこたつの上又はそれに近接するテレビの横に置くことにしており、訴外安田も、それを知つていて、受領した郵便物等を右場所に置いていた。もつとも、被告の主張3(二)の採掘権登録通知文書については、訴外安田は、同月二二日ころ受領した際、同人の夫を通じて翌日原告の勤務先に届けるつもりで、着用のエプロンのポケットに入れたが(そのまま翌三月中旬ころまで原告に渡すことなく失念していた。)、このような処理は、右書留郵便一通に限るものであつた。

(六)  訴外安田が、右(四)のように原告方の認め印を使つて郵便物等を受け取ること及び右(五)のように受領した郵便物等を原告方のこたつの机の上等に置くことについて、原告は、これを指示したことはなかつたが、他面これを明確に禁止することもなかつたし、訴外トクは、これを期待し、望んでいた。

(七)  なお、本件命令書については、原告は、現在までその郵便封筒も、その内容も見ておらず、その所在は不明である。

4  ところで、本件命令書による命令が効力を生ずるためには、原告に対し告知されることを要するが、この告知につき、特別の規定は見当たらないから、この点についての法の一般原則と考えられる民法の規定のいわゆる到達主義によるのが相当である。そして、到達主義によれば、本件命令書による命令が原告に対し告知された(すなわち到達した)というためには、原告において右命令を現実に了知することを必要とするものではなく、社会通念上、原告において右命令を了知し得る客観的状態が生じていることをもつて足りるものと解される。

そして、そのような状態は、本件命令書のように書留郵便による場合は、通常の過程によりそれが配達されて、原告の支配領域内ないし勢力圏に入つたといえることにより生ずるものということができる。

そこで、本件について考えるに、右1ないし3の事実によると、本件命令書は、昭和六〇年二月七日被告により原告方をあて先として原告にあてて簡易書留郵便で発送され、同月九日原告方において訴外安田の手により受領されたものであるところ、訴外安田は、原告の妹、かつ、訴外トクの娘で、近所に居住する主婦であるが、当日原告の母で同居者の訴外トクの手伝い、世話等をするため原告方に朝から夕方まで来ていたものであつて、単に物品等を届けるために短時間立ち寄つたというものではなく、本件命令書の書留郵便の受領に当たつては、原告方の日常使用する認め印を用いており、これを使用しての受領は、訴外トクの意向にそうものであるとともに、原告の意向にも反するものではなかつたということができる(なお、右3(五)の事実によると、訴外安田は、本件命令書を通常の例に従い、原告方のこたつの机の上又はこれに近接するテレビの横に置いたものと推認され、右3(七)の事実によると、右命令書は現在所在が不明であるが、それは相当期間新聞等とともに右の場所に置かれた後、新聞等に紛れ、あるいは新聞等とともに誤つて廃棄されてしまつたものではないかと推測される。)。

右に述べたところによると、訴外安田は、原告の同居の親族ではないが、本件命令書の受領に関しては、原告の同居者に準ずる地位にあつたものと解することができ、原告が訴外安田に対し、厳格な意味において、その受領権限を授与しているといえるか否かに拘わらず、本件命令書在中の書留郵便が訴外安田により、原告方で右に述べたような方法で受領されている以上、本件命令書は、書留郵便としての通常の過程を経て配達され、これにより原告の支配領域内ないし勢力圏に入つたものということができ、したがつて、本件命令書による命令について、訴外安田が受領した時に、社会通念上、原告においてこれを了知し得る客観的状態が生じたものというべきである。

そうすると、本件命令書による命令は、昭和六〇年二月九日に原告に対し効力を生じたものということができる。

右の判断に関連して、原告は、本件命令書の通知等については、民訴法の送達に関する規定が準用ないし類推適用されるべきであつて、民訴法に定める送達実施の方法(同法一六四条、一七一条等)に準ずるものでない限り、その効力を認むべきでない旨主張するが、本件命令書の通知等につき、民訴法の送達に関する規定を準用すべき旨の規定もなければ、それを窺わせる格別の規定もなく、また、法令の規定もなしに原告の右主張のごとき見解を採るべき根拠はないから、原告の右主張は、既に失当というほかないが、仮に原告の右主張の立場に立つても、本件命令書については、原告方でその配達を受けた訴外安田が、右に述べたように、同居者に準ずる地位にあつたものと解することができ、もとより訴外安田が本件命令書を原告に交付する能力を有することは明らかであるから、民訴法一七一条一項に規定する送達に準ずる通知等があつたものといい得るのであつて、原告の右主張は、本件命令書による命令の効力発生を否定する根拠とはならない。

三そして、前記一によれば、本件命令書による命令の指定期限である昭和六〇年三月九日までに、原告が設備設計書を提出しなかつたのであるから、右二で判断したように、右命令が同年二月九日に原告に対し効力を生じている以上、右不提出を理由に法一八四条二号に基づきされた本件処分は適法であつて、何らの違法もない。

四よつて、本件請求は、理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき行訴法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官鈴木康之 裁判官塚本伊平 裁判官加藤就一)

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